何者になんてならなくていい。一生懸命に生きて、自分にさえなればいい。
こんにちは。
6月に入りましたね。
6月というと、あの絵描き歌を思い出します。
なんでしたっけ?
6月6日に雨ザーザー降ってきて〜🎵
そこの歌詞だけ覚えています。
双子座の木星も、いよいよラストスパートです。
6月10日には、蟹座入りします。
みなさんの心境としては、いかがでしょうか?
もうすでに、何かただならぬものを感じたり、
ソワソワしてみたり、先々を案じて不安になったり。
様々な思いが、心の中を巡っていると思います。
今回は蟹座の木星ですからね。
家族のことが、良くも悪くもクローズアップされたり
相続や空き家問題、墓じまいなど
長年手付かずで、結論が出ないことに
メスを入れるには、良いタイミングだと思います。
血縁てね、やっぱり大変なんです。
親子関係もそうですし、
兄弟間も同じくですね。
お互いに年齢を重ねて、大人になったものの
関係性は小さい頃のままだったり。
それ故に、力関係が出来てしまい
言いたいことも言えないで、
我慢されている方をお見かけします。
墓じまい、空き家じまいもそうですが
最近は実家じまいや、家族じまいなんてのも
あるそうなんですね。
長年疎遠だった家族や、問題行動のある
家族や親族と、一切の縁を切るそうです。
要は、何かあっても関わりたくないので
連絡をよこしてくれるなと。
もしくはそういった代理の会社を通して
直接やりとりしない。
最低限のことしか関わらない。
利用者の家族に関わる、精神的苦痛を減らすために
家族代行サービスの様なものが
増えてきているらしいですよ。
水瓶座冥王星時代も相まって、
そこら辺は、もっと加速していくんでしょうね。
血縁てある意味最強で、別の味方をすれば
とても不便なものなんですね。
何かの保証人や連絡先も、血縁じゃなきゃダメ。
三等身位内の血縁じゃないとNG。
私もそうですが、親族とも疎遠で
子供がいない人にとっては、どうしたらいいものかと。
手術の同意書とか、そういったのは
遠くの親戚より、近くの他人の方が
だいぶありがたかったりもします。
私も20年後とか、何かあっても
親族の連絡先とか、考えちゃいますもん。
家族の問題って、根が深いんですよね。
でもある意味、その家族に生まれてくることも
やはり自分で選び、学びたいことや
得たいものがあるからなのかなって。
鑑定中にお客様と向き合っている時
そう感じることもあるんですよね。
私自身も決して恵まれた家庭環境でもなく、
占い師になるまでは、どうして自分は
この家に生まれてきてしまったのか?
『産んで欲しくて、生まれてきたわけじゃない!』
ずっと悩んで思春期の頃は、反発してました。
でも占い師になってからは、
残念ながら、自分が選んでこの家に生まれて来たんだと。
思い出したくないことだらけの記憶を辿れば、
嫌なこと全ては、自分の経験上
お客様の理解につながります。
でもね、そんな自分の家族や生い立ちという
呪縛で縛り付けるのも、自分の意識なら
そこから抜け出すのも、また自分次第。
自分の親がどうだから、
育った環境がこんな風だから。
何かのせいにすれば、生きるのも
少しは楽になるでしょうが、
根本的には、何も解決はしないわけで。
親や家庭環境、そして生まれ持った星。
何にも縛られずに、自由に生きること。
日本は血縁を重視しますが、
水瓶座冥王星時代の、ここから20年で
それもまた、形を変えていくんじゃないかと。
身寄りのない高齢者でも、見守りサービズや
身元保証人の代行サービスが充実したり
緊急連絡先も、親族でなくても良くなったり。
そして妊活問題も、ここからは血縁にこだわらない
養子縁組制度が充実していくんじゃないかと。
半分期待でもありますが、
そんな風に20年かけて、世の中は
少しづつ変わっていくんじゃないかって。
だからね、みなさんも家族にも
誰にも縛られずに、自由に自分らしく生きること。
そしてそう生きるためには、
自分の人生や選択に、責任と覚悟を持つこと。
良くも悪くも、親がどうだとか
家庭環境が全く影響しないとは、言えませんが
だからといって、人生を諦める必要もないし
どれだけ嫌いで憎んだ親でも、反面教師で
親みたいになるとも限らないことを
どうかお忘れ無く。
そのためには、自分を律することも必要です。
DNAの持つ作用が、悪い意味で開花しないとは
言えないでしょう。
私もその作用に、正直怯えています。
アルコールやギャンブル依存が血縁にいると
いつか自分も、そうなってしまうんじゃないかって。
付き合いでお酒も飲みますが、深酒はしない。
毎日飲酒しないように心がけています。
最近は蟹座木星入りが近いせいか、
家族間や兄弟間、相続についての
ご相談が増えております。
どうにも煮え切らないことも多く
家族間でも、解決が難しいことも
多々あるでしょうが。
自分の見方を変えると、
見え方が違ってきたり
相手をうまくやり過ごすことが出来たり。
兄弟や親子であっても、魂や人格が違えば
正直他人なんですよね。
親には親の生き方が、兄弟には兄弟の人生が
それぞれありますから。
お互いに助けあったとしても、
代わりにその人の人生は生きられないし、
自分の人生を、肩代わりしてくれる人も
またいないんですよ。
だからね、紆余曲折あって
真っ直ぐに生きられなくたって
いいんです。
後悔なく、一生懸命に自分のペースで
人生を歩めば、それで十分じゃないかって。
何者にもなれないのなら、
自分になればいいのですよ。
自分になることに、
尽力して歩めばいいと思いません?
何者にもならないし、なれないのですから。
生まれて来て死ぬまで、自分にしかなれないんです。
自分になれないものが、何者になれるでしょうか?
だからこそ、自分を受け止めた上で
受け入れてみること。
そこからきっと流れは好転しますから。
*夢猫ムニャ*