今は亡き人に、想いを馳せながら。それでも前に進まなければいけないのかもしれません。
こんにちは。
今日は肌寒いお天気ですね。
11月23日で射手座に切り替わって、
少し流れが軽やかになったような気もしますが
みなさんは、体感的にかがでしょうか?
さそり座で、ものすごく自分と向き合わせれて
心の奥底に溜まった、ヘドロのような感情を
見た人もいるかもしれませんし、
触るのさえ躊躇してしまう人も
きっといたかもしれません。
それでも、そのままにはしておけない。
心の排水溝が、ストレスやトラウマで
汚れてしまうことがあります。
排水溝が汚いことは、わかっていても
いつかは自分でお掃除しなければ
汚れはどんどん蓄積されていきます。
届かなかった思い。
伝えられなかった言葉。
誰にも理解されない悔しさ。
トラウマの中には、さまざまな思いが
複雑に絡んでいるんですね。
その感情と向き合って、
辛くで悲しんでいる自分を
自分で理解すること。
あの頃の私はがんばった!
誰にも理解してもらえなくて
悔しかったね…
そう自分が自分をわかっている。
ただそれだけで十分なんですよね。
先日も地元の友人が、連絡をくれました。
私のブログを読んで、何か思うことが
あったようなんです。
今年になって、お父さんが亡くなったようで
最後に『ありがとう』が伝えられなかったのだとか。
誰かが亡くなってから、悔いることって
あると思います。
どれだけ尽くしても、足りないし
日頃から、親孝行していても
最後を迎えたあとは、もっとこうしてあげれば良かったと。
親孝行は実は親のためにあるんじゃなくて
残された子供が、悔いが残らないように
するためなのかもしれません。
最近はよくわからない理由で、
人がどんどん亡くなって。
私も今年になって、友人の訃報を聞きました。
あの時、こうしていればと
今になって思うことばかりです。
それでもこんな仕事をしているからか?
もしくは死と再生のさそり座だからか?
死に対しては、結構ドライな方かもしれません。
人間生まれてきた以上、死に向かって
歩みを進めています。
どんな金持ちも有名人も政治家も、
延命は出来ても、死なない人はいません。
ムーンなんとかみたいに、
脳だけを取り出して、意識体だけで
生きるような都市伝説めいた話もありますが、
それだって、肉体は処分されるわけですから。
死後の世界を見たことはないですが、
亡くなった人の想いは、必ず残ります。
それは時に、生きている人をサポートしたり
危険からも守ってくれるでしょう。
死んでしまったからといっても、
肉体がなくなるだけで、意識や想いは
必ず届くはずです。
順番に言えば、まず親から亡くなります。
亡くなった時に、お母さんならどう思うかな?
お父さんなら、なんてアドバイスをくれるだろう?
その予測がつくぐらい、生きている間に
たくさん話をしてみて下さい。
親から確実に受け継がれた、血脈やDNA。
それはピンチの時には、必ず発動しますから。
だから大丈夫です。
お父さんやお母さんと同じ、DNAを持つという事実。
きっとその中には、親御さんの意思も
受け継いでいるはずです。
ここ数年で亡くなる方が多く、
死と再生のさそり座の時期に、
そこに向き合った人も、
たくさんいらっしゃると思います。
それでもね、残された人たちは、
明日に向かって、進まなきゃならないんです。
悲しみから抜け出せないのなら、
もう少しそこに居てもいいでしょう。
でも肉体が無くなっただけで、
亡くなった方の意識は、いつもそばにあります。
いつも通りに挨拶をして、
一緒にご飯を食べている感じで、
どんな時も一緒で。
亡くなった人の存在を、身近に感じるからこそ
心強く毎日がおくれる。
そう思ってみてください。
人に言ったら、完全に頭のおかしい人かもしれませんが
自分の中だけで、そう理解していたら
それで十分なんですよ。
22日までのさそり座期間は、
マグマ溜まりのような時間でした。
自分を内観して、思いを煮詰めて
自分と嫌になるくら向き合って。
マグマが十分に溜まったら、
それが噴火して、勢いよく外に飛び出る。
それこそがビューんと射手座の期間です。
23日の祝日ごろから、
お客様の動きが激しくなりました。
みなさん、ようやく外向きに
出ようって思ったんじゃないかと。
『いろいろ思っていたって、
もうやるっきゃないし、行くしかないっしょ!』
そうそう、それでいいんです。
さそり座で溜めた、マグマのような
ものすごいエネルギーは、
一体どこに向かうのか?
さそり座が死と再生、深層心理なら
射手座は宗教、哲学を表します。
生きるとは何かね?
人生とは、一体なんなんだろう?
俗世的なものや、物質に価値を見出しても
死んでしまったら、それは何にもならない。
子供のために、不動産を残したって
今ではそれは負の遺産になりかねません。
だったら経験というものを、
魂に刻んで残すこと。
自分の目で見て、体感して。
世の中のことは、わかったようで
実はそれはごく一部かもしれません。
だからこそ、井の中の蛙にならないように。
大人の社会科見学の始まりです。
志半ばで、亡くなってしまった人の分まで
自分が生きること。
たくさんのことを通じて、学んでみること。
地球や宇宙レベルでいったら、
人間なんてのは、吹けば飛ぶような
実は小さな存在なのかもしれません。
逆立ちしたって、自然の脅威には勝てないし
宇宙はまだまだ広いわけですから。
さぁさぁ、そろそろ重い腰をあげて。
ビューんと射手座で、参りましょうかね。
*夢猫ムニャ*
※11月27日(月)は定休日となります。