鬼滅の刃をみて、大事なことを思い出し、心を再び燃やしてみる。
こんにちは。
最近ですね、鬼滅の刃が再沸騰中です。
4月の末くらいから、サブスクで
最初から、また見始めて。
今、やっと刀鍛冶の里編に突入。
と思いきや、先日こどもの日に
鬼滅のダイジェスト、やっていましたね。
普段、漫画の単行本も読まないし
映像でもアニメはあまり見ないのですが。
久しぶりにハマった鬼滅の刃。
子供がみても、楽しいし
大人であっても、十分満足できる内容です。
なんかね、鬼滅の刃をみていると
すごく大事なことを、思い出すというか。
大人になると、純粋な子供のような気持ちって
日々薄れていってしまう気がして。
全集中の呼吸。
そう、呼吸も大事なんですよ。
息づかいが起用な人って
なんでも上手なんです。
例えばですね、こんな経験はございませんでしょうか?
けん玉やお好み焼きを
ひっくり返す時って
無意識に呼吸を『フッ』と
一瞬止めたり。
息が合わないと、失敗してしまう。
呼吸の達人になると、
大抵のことは、上手にできるんじゃないかって。
緊張していると、どうしても深く息ができない。
息を体の隅々まで、巡らせる。
呼吸の大事さ。
そして炭治郎が、いつも
『俺は長男だから』と
妹を必死で守るシーンが
多々あります。
今は教育上、あまり
『お兄ちゃんなんだから我慢しないさい』
『お姉ちゃんなんだから、譲ってあげなさい』
なんてことは、言わないのかもしれません。
私も兄弟の一番上の長女なので。
魔法の呪文のように
『お姉ちゃんなんだから!』
そう言われるのが、プレッシャーでした。
同い年の末っ子と、同い年の一番上。
それでも扱いは全然違う。
そんな昭和の教育を受けて
育った世代です。
今は兄弟でも、各々を尊重し
お兄ちゃんなんだからとは
言わないんでしょうけども。
でもね、年上が年下を
強き者が弱き者を守るって。
昭和でも令和でも関係なく
とっても大事なことなんじゃないかって。
炭治郎の妹を守ろうとする思いと
禰󠄀豆子の兄を助けようとする
必死さを見ていると
そんな風にも思うわけなんですよ。
それにね、柱である主人公たち。
柱になるまでのストーリは、
人それぞれなんですが。
みんなね、心に傷を持っているんです。
誰一人として、順風満帆で
柱になったわけではないのだと。
鬼に親を殺された炭治郎。
親のいない善逸。
母親に山に捨てられた伊之助。
親の虐待と貧困で、言葉と感情を失ったカナヲ。
力持ちで食いしん坊を恥じる、甘露寺蜜璃。
家族と記憶を失ったことに苦しむ時透無一郎。
みんなね、過去に辛い思いをしていたり
自分のどこかに、コンプレックスを感じていたり。
あんなに強くて、活躍している柱でさえ
自分の無力さや嫌悪感を乗り越え
今があるのだと。
私もですね、普段あまりアニメは
ほとんど見ません。
それでも大事なモノを、見失いそうになった時、
時々鬼滅の刃をみるんです。
人って自分のために、がんばれる人って
意外と少ないんです。
もちろん最初は、自分の為ですよ。
でも自分が満たされた時点で、
誰かのためにって、思うんですよ。
自分が少しでも、誰かの役に立てるように。
そんな思いが、人に感謝されることで
自分に返ってきた時に、心から良かったと。
そう思えるんじゃないかって。
人のために、何かをしたって
所詮、お人よしで終わってしまって。
利用されるだけ、利用されて。
バカをみるのは、いつも自分で。
それもまたね、悲しいですよね。
相手に見返りを求めると
望むようには返ってこない。
炭治郎が誰からも好かれるのは
打算的でなく、見返りも求めない。
自分の心のままに、
自分も相手も欺くことなく
ただ素直なんだと思います。
鬼になった者にも、
鬼になっただけの理由に
理解を示したり。
だけど、だからといって
人を喰らい、傷つけ苦しめる理由には
ならないこと。
ちゃんと自分のしたことへの
責任から逃げないことを、鬼に求めたり。
人間て無力だし、人生って儚いんですよ。
鬼みたいに、手足がちぎれても
秒で回復すればいいですよ。
でも決してそうじゃない。
たくさん傷ついて、血を流しても
誰かのために、心を燃やすこと。
もっと早く、もっと強く。
自分を鼓舞していく姿に
だれもが心を打たれるのでは、ないでしょうか?
煮ても焼いても、食えないような経験。
屁の役にも立たないようなトラウマ。
そこから心に鬼が住み着くんです。
お客様と向き合っているとき
お客様の心の中に住み着く鬼を
いつも探しています。
その不安は、どこから来ているのか?
その思い込みは、何から発生しているのか?
お客様をそうさせてしまった原因は
命盤のどこに隠れているのか?
その鬼をさまざまな占術で
追いかけていきます。
本来は自分ありきなのに、
心に住み着いた鬼の存在が
どんどん大きくなって。
一体だれが主体なのかわからない。
そんなお客様もいらっしゃいます。
私も幼少期から、数々のトラウマと
心の呪縛に苦しんで生きてきました。
鬼は仮死状態であり、
また同じような光景を目にしたら
心の中で、いつ復活するのかわかりません。
それでも最初から、鬼が心に
住み着いていたわけではないということ。
与え続けらた恐怖や不安、貧困によって
不安が心の隙を生み、
そこに魔が刺すように、無意識のうちに
トラウマや恐怖の鬼が住み着いてしまった。
だたそれだけなんだと思います。
他人にとっては、簡単なことでも
自分にとっては、脅威だったり。
それもね、人それぞれなんだと。
鬼の首を切り落とすように、
必死で隙の糸を手繰り寄せる。
鑑定中に私の頭のなかは、
そんな構造になっています。
『誰かのために、心を燃やせ』
自分の中では、ムダなことや
拭っても拭いきれないもの。
その経験に苦しむのなら、
きっと今より強くなれる。
痛みを知るものは、誰よりも優しく
苦しみを知るものは、誰より強い。
自分の進むべき道に
人生で迷うことは、多々あります。
私もそんなひとりでした。
何ができるわけでもなく、
大した経歴もない。
あるのは心に染みついた
嫌な経験やトラウマだけ。
先々を考えてみたって、
いつもそれらが、追いかけてきて。
結局、自分は何者にもなれないし
人の役にもたたない。
自分自身の存在を憎み、そして嫌い
ずっと恥じて生きてきました。
でもね、鬼滅の刃をみると
少し心が洗われる気がして。
柱になった人たちの生い立ちや背景。
血反吐を吐くほど鍛錬し、
誰かのために、少しでも前に出る姿。
最初から完璧に出来た人なんていない。
自分の無力さに打ちのめされ、
自分の弱さに打ちひしがれた日々。
そんな思いを経てこそ、
あれだけ強い柱になれるのだと。
大人になると、大事なことを
見失いがちです。
仕事をする意味さえ、
もっといえば、生きる意味さえも
見失ってしまう。
誰もが鬼にもなれれば、
鬼殺隊側にもなれる。
そこってね、本当に紙一重なんだと。
自分のためにがんばれなくとも、
誰かのためなら、がんばることも
踏ん張ることも出来るのかもしれません。
それは愛する我が子かもしれないし
仲間や家族のためだっていい。
自分が誰かの役にたてること。
何者でもない自分が、
生きる意味や働く理由を
見つけることが出来るのかもしれません。
私もね、自分の中に住み着いた
トラウマという鬼は、
今は禰󠄀豆子のように、
お客様の鬼退治に一役買ってくれています。
あれだけの壮絶な経験が
占い師になって、ようやく人様の
役に立てた瞬間。
暴力・貧困・モラハラ
ギャンブルとアルコール依存。
人の生き死に寸前まで見てきました。
そんな家庭環境で育ち、
今だったら、児童相談所が動いても
おかしくなかったと思います。
ありとあらゆる恐怖を
私の心に植え付けた父親。
その恐怖は、完全に
払拭できたわけではありません。
でもそんな恐怖に支配され、
生きるのなんて、真っ平ごめんです。
だからお客様の心の苦しみも
少しだけわかります。
植え付けられた恐怖が
輪染みのように、広がって。
それに心を支配されれば、
とたんに、動けなくなってしまうということ。
それは先天的に生まれ持った要素が
関係している場合もあれば、
後天的なところで、出来る場合もあります。
その原因を糸を手繰るように
見つけ、発生源をお客様に自覚してもらうこと。
不安に思って、先を案じてみても
それが現実に起こるかどうかは
また別の問題です。
恐怖や不安で、心がいっぱいに
なってしまわないように…
今の自分がいるということは
何千人、何万人の先祖のDNAと
たくさんの思いが受け継がれた証拠です。
いざとなれば、そのうちの一人くらい
自分の味方になって、力を貸してくれて
DNAが開花するでしょうから。
夢猫ムニャの心の鬼退治は
まだまだ続きます。
いつかね、鬼殺隊に入れるように。
夢柱になれるように。
もっともっと、鍛錬しなくてはと。
鬼滅の刃、明日の夜かな?
また始まりますね。
今からすでに、楽しみでしかないのですが。
次は柱稽古編だそうですよ。
たくさんの柱が、出てくるんでしょうかね。
きっと明日の鬼滅は、実家でみることに
なりそうですが…
みなさんも、ぜひ鬼滅の刃をみて
心を燃やしてみてくださいね。
*夢猫ムニャ*